半導体高分子分野において、ポリチオフェン類は有機薄膜太陽電池、有機トランジスタ、有機EL等を中心とする最新電子デバイス材料に多く用いられており、世界中で合成・機能化・デバイス特性を含めた広範囲の研究が繰り広げられています。中でも注目を集めるのはモノマー繰り返し単位の結合様式が揃った完全頭尾結合型ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)です(図1)。
P3HTは高い結晶性と高い電荷移動度を有することに加え、有機溶媒に対して高い溶解性を示すことから溶液プロセスでの製膜が可能であり、様々な光・電子機能材料に用いられています。
P3HTの合成法としては熊田触媒移動型縮合重合(KCTP)が広く一般的に用いられてきました。KCTPではGrignard試薬型のチオフェンモノマーに対して適切なNi触媒を添加することによって高収率でP3HTを得ることが可能です。図2に簡単な重合メカニズムの模式図を示しました。
成長反応が常にモノマーとポリマー末端(Ni触媒のあるところ)のみで進行し、さらに停止反応や連鎖移動反応が極端に少ないため、Ni触媒一つ当たり一本の分子鎖ができる計算になります。したがってモノマーとNi触媒の仕込み比を変えるだけで簡単にP3HTの分子量を調節することが可能です。また得られるポリマーの分子量分布値が非常に小さいこともわかっています。さらにブロック共重合体の合成にも応用可能であり有機薄膜太陽電池光電変換層のモルフォロジー制御への応用等様々な展開が期待されています。以上のようにKCTPはP3HTを合成する非常に優れた手法と言えます。
しかしながらKCTPには問題点やよく分かっていないことがまだたくさんあります。その1つとして、非常に反応性の高いGrignard試薬を用いるためモノマー前駆体や溶媒の高度な精製が必要とされる点です。特に、チオフェンモノマーに官能基の導入を考える場合に高活性なGrignard試薬と反応し、重合がうまく進まないという問題があります。
当研究室での取り組み
そこで本研究室では問題解決のために立体障害の大きく塩基性の低い亜鉛アート錯体tBu4ZnLi2(図3)をGrignard試薬の代わりに起用しています。図4のSEC曲線に示すように、分子量分散の狭いP3HTが得られ、モノマーとNi触媒の仕込み比により、分子量を完全制御することに成功しました。これはNi触媒の配位子を詳細に検討した結果得られた成果です(Goto, E.; Nakamura, S.; Kawauchi, S.; Mori, H.; Ueda, M.; Higashihara, T. Journal of Polymer Science Part A: Polymer Chemistry, 2014, 52, 2287-2296)。
さらにtBu4ZnLi2とモノマー前駆体との反応によって得られる亜鉛アート錯体型モノマーはGrignard試薬型モノマーに比べて化学的に安定であるため市販の有機溶媒を用いた場合や溶媒に水やアルコールを含む場合でも重合が進行することが確認されています(Higashihara, T.; Goto, E.; Ueda, M. ACS Macro Letters 2012, 1, 167-170)。
このように従来の手法よりも構造を制御でき、かつ簡単にP3HTの合成が可能になるため、デバイスパフォーマンスの飛躍的な向上および材料生成コストの大幅な低下が期待され、世界中から注目が集まっています。
現在では本手法を用いたブロック共重合体の合成、有機薄膜太陽電池および有機電界効果トランジスタへの応用等様々な研究へと展開しています。